「幸せ」にお金は必要か?資産形成の果てに何が待っている? 書評「私の財産告白」3

こんにちは!ひとさちです。
前回は日本の大富豪・本多清六がどういう手法で資産を形成していったのかを見ていきました。
今回は前回に引き続き本多清六の「私の財産告白」の第三章「最も難しい財産の処分法」について書きます。

この章では本多清六の幸福とお金に対しての考え方が述べられています。
これを読めば「幸せとは何か」について、一つの答えがわかります。

Contents

何のために金を貯め、何に使うのか? 

金がある者も無い者も、大きな財産を得たらどう使うか。これは本多にとってもとても難しい問題のようです。
お金は楽しんで仕事した結果残ったカスだと言う、財産を築いた老人の言葉を紹介しています。おそらくこの老人はお金の使い方まは考えずにただ蓄財していたという例です。
本多は過去に行った山林の寄付について、「大きな財産のいい使い方とは何か」という問いへの一つの答えだったはずだが、満足しているわけではないと語っています。
海外のセレブが大きな寄付をしたり、チャリティー財団を立ち上げて支援活動をするというのも話題に上りますが、売名行為や偽善とたたかれる中に純粋に他者の幸せを願って行われているものも多くあるのでしょう。

子孫の幸福と財産

また寄付ではなく子孫の幸せについて、これさえ与えればよいとされるものに

  • 健康に育てる
  • 完全な教育を施す
  • 相当な財産を与える

この三つがあるがこれは間違った考え方で、最後の財産分与は全く不要で子孫を不幸にする元凶と説いています。

幸福とは、結局のところ親から譲ることはできず、各自の努力で得られ感じるもの。そして最も重要なのは、その努力を生涯継続できる精神であると説いています。
また逆にある程度の財産が幸せの基盤となるとしても、結局国が相続のタイミングでごっそり持っていくし今後もさらに取ろうと制度改革を進めるだろうと言っています。

子孫が各自で自由に生き努力できることが重要で、努力できる習慣を与え、努力が必要とされる環境においてやることが必要としています。

私はとある進学校で中高と過ごし、ずっと成績は下の方で遊んでばかりいました。努力できる環境にはおいてもらっていましたが、努力の方法がわかりませんでした。わからないところから周囲とコミュニケーションして、勉強法を聞いてあがくという行動が必要でした。もしそれができれば努力を習慣することができたかもしれません。投資や資格取得の勉強を通じて今更ですが努力の習慣化を目指しています。

結局のところ幸せとは

幸せとは現在の生活自体ではなく、そこから上に向かっていくか下に向かっていくかで決まるとのことで、とても同意できるところです。努力して、それが実り、希望を持ち続けられることが幸せであることは間違いありません。
私は今会社員で、自分の努力が実るような組織にはいません。ですが本多の森林投資には及ばずとも、会計や金融資格知識を活用して投資を行い、資産形成を行っていきます。
これからの努力は自分の資産形成に役立つものと信じていますので、投資に出会う前よりも充実感を感じています。

幸福は努力によって自分や生活を向上させていくことそれ自体という結論で、僕は資産形成において努力していきます。
もしも大きな財産を築けたら教育機関などに寄付をするのか、親戚に渡すのか、処分の問題は頭の片隅においておきます。

お読みいただきありがとうございました。

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